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ひねもす のたりのたりかな

cosmico.exblog.jp

喜んでもらえるということ

一昨日のことである。
幼児雑誌『すきっぷ』(メイト発行)2月号に掲載されるお話『おしょうさんと おに』の挿絵を担当の編集さんにお渡しした。

サラリと描けるかなと思って彩色を始めたのだが、全くそんなことはなく悶々。
いつだってそうだ。
簡単に描けるなんてことは、皆無なのだ。
今回も苦戦しまくって、結局一枚につき3〜5回くらいずつ描き直した。
頭の中にあるイメージと出来上がったものが、どうしてこうも違うのかと何度も頭を抱えた。
弱気にもなった。
でもその度に呪文のように“わたしは出来る”“大丈夫”“自分を信じろ”“今まで何十年も延々とやってきたことを信じろ”と自分に言い聞かせていた。
嘘でもハッタリでもいい。
私は出来るんだと信じてやるしかないのだ。

同じように仕事の山を登っていたフリーライターさんから「明けない夜はないよ〜」というメールを頂いた。
その通りである。

最後はどうにかこうにか着地。
そして上がった絵を床に並べて見て思った。
これが、今の自分の精一杯だなあ、と。
やれるだけのことはやれた、と思う。
でも、また次がある。
絵を描くということは、延々と続く、この繰り返しなのだ。
アスリートと同じだと思う。
毎日走ったり(私はやらないけど…)筋トレしたり(私はやらないけど…)泳いだり(私は…以下略)の繰り返しだ。
そしてほんの少しずつでも今の自分を超えていくしかないのだ。
例えば、北島選手は0,1秒を縮める為に一体どれだけの努力を積み重ねるのだろうか。
考えてみるとちょっと気が遠くなるし、レベルが違い過ぎて想像することすら困難なのだが、でもまあ、そういうことなのだ。

ところで、上がった絵を広げて編集さんに見て頂く、その瞬間が一番ドキドキするものだ。
“大丈夫かな”“気に入ってくださるかな”
その日も、借りてきた猫の心境で編集さんの言葉を待っていると、彼女の顔がパアッと明るくなって、そして言ってくださった。
「わあ!すっごくいい!いいですね!!」
その心からの笑顔は、やっと私をホッとさせて、肩の力がスイッと抜けた。

私は自分の為に絵を描いているが、でも、絵を見た誰かが喜んでくださったり、楽しい気持ちなってくれるならば、それは本当に嬉しいことであるなあ…、と思う。
この絵が好きだと思ってくださる人が、この世の中にいてくれる。
こんな嬉しいことはない。
だから、心を込めて描きましょうと思うのだ。
精進しましょうと、思えるのである。
そうしてまた次の山へと登っていく。

誰かに喜んでもらえるということは、幸せなことであるよなあと、しみじみと感じたのでした。
by contenta | 2008-10-17 16:48 | 徒然
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